フォーマルドレスの歴史

フォーマルドレスを始め、フォーマルウエアの歴史はいつ頃の時代から
始まったのでしょうか。フォーマルウエアとして、歴史上で明確に記されているものは、
スカーテッドコートです。これは裾まわりの大きな丈の長い上着のことで、
後にテールコート、燕尾服の起源となります。
18世紀後半に始まり、スカーテッドコートを着用するようになってから数年後、
燕尾服の原型となるカットインコートが出現することになります。

 フォーマルドレスについては、中世ヨーロッパの頃には、既に存在していました。
その後、フォーマルウエアとともに様々な様式、デザインへと姿を変えていきました。
そして、現代のクチュール・メゾンのシステムを確立させた人物として知られる
ポール・ポアレや社交会にブラック・ドレス、
現代のパーティードレス○黒の先駆けを提案したココ・シャネル等、
そして、今日のDiorを構築した、ジョン・ガリアーノなど、数々なデザイナー達の
創意工夫により、現在のパーティードレスやイブニングドレス、カクテルドレスなどの
多種多様なドレスたちが生まれてきました。

 そのフォーマルドレスの種類の1つにチャイナドレスが該当します。
隣国でもある中国のチャイナドレス。
パーティードレスとしても着用出来るこのドレスについて、ご紹介をさせて頂きます。
チャイナドレスの始まりは、清時代の満州族女性の丈の長い衣裳が始まりです。
満州族は中国北東部に移住していた民族。清の時代に漢民族にも文化や習慣が広がり、
そのチャイナドレスは中国全土へと普及してきます。

フォーマルドレスとして、チャイナドレスは清朝時代に地位により
デザインや刺繍が細かく規定される事となります。個人の自由は排除され、
当時はファッション性などについては価値が見いだせない衣裳でした。
しかし清朝の滅亡と共に、状況は移り変わり始めます。
中華民国が誕生した際、纏足が法律により禁止されたため、
纏足の習慣が途絶えていきます。然しながら、それでも纏足の習慣が
完全に途絶えるまでにはそれからだいぶん後のことになりますが・・・。

フォーマルドレス
として美しく変貌を遂げ始めたのは、中華民国時代のことです。
文化運動の影響でチャイナドレスはデザイン性高く、スタイルを変えていきます。
チャイナドレスの丈など、服装の規制が緩和されたことでより一層デザインが磨かれ、
洗練されていきました。然しながら、日本軍などによる中国進出の影響で
経済が行き詰まり、次第にチャイナドレスなどの贅沢な衣裳はだんだんと
少なくなりました。その後、1980年代に革命解放政策により、再びチャイナドレスは
きらびやかに蘇ることになります。そして経済発展とともにチャイナドレスは
今も進化を続け、中国の文化として世界に注目をされています。
フォーマルドレスの歴史


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2013年11月25日 Posted byかわいい at 17:47 │Comments(0)女性ファッション

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